結果ではなく、プロセスを重視すればダイエットできる

ダイエット部の常連メンバーたちは、初めての参加者の話を聞いて、結果より、その実践のプロセスを重視する。

「なるほど。で、それでどうしたの?」と冷静に耳で聞き、相手の気持ちになって心で考える。

そして、少しでも小さな進歩や黙々とした努力をしたメンバーに「ヨイ出し」をする。

ダメ出しして、減点しても仕方がない。「良いものを少しでも早く作る」という生産重視の仕事とは異なり、糖質制限は、それを始める上での心掛けや、実践する上でのプロセスが大事だからだ。

そして、メンバーたちは多かれ少なかれ、皆、糖質制限のプロセスの中で、苦労もし、それを続けることの困難も分っている。

おやじダイエット部の常連メンバーは、例えば、富士山の登頂を試みるようなもので、これから登ろうという人が今、何合目にいて、先に何かあるのか。どんな絶景が待ち受けているかも知っている。

そして、自身ももう何度も富士登山を試み、山頂を目指して登頂を続ける。

登頂を続けるたびに、登るメンバーも異なり、見えてくる景色も異なる。初めて登る人と登山道ですれ違ったら、声をかけ合いながら励ます。そんな感じである。

皆、登る目的は違っても、登る富士山は同じだ。そして、登る人たちで声をかけ合い、励まし合う、それが糖質制限をする喜びであり、仲間との熱い絆となる。

富士山の何合目まで登るかを競うのではなく、大切なのは、富士登山そのものを楽しみ、登るプロセスを正しく身につけることだ。

そうすれば、黙々と登っているうちに、やがて山頂に辿り着くことが出来るようになる。

ダイエットはもちろん結果を出すことは重要なのだが、もっと重要なのはそのプロセスを重視していくことなのである。

 

失敗を受け入れて痩せる

ダイエット部の常連メンバーは、失敗を上手に受け入れる。ある意味で、食と健康の管理には、失敗してきた人たちばかりだからだ。

だから、ダイエット部会では、成功話より、失敗談で盛り上がる。

「私は気が付いたら、仕事のストレスで一日六食食べてました」とか、「製品として出荷するお菓子を毎日、試食してきました」、あるいは「近所に行きつけのラーメン店かおり、気がつくと毎日、そこに通ってました」等々である。

だが、糖質制限を持続出来ている人たちは、それを「学習のチャンス」として、受け入れる。すなわち「失敗して、学ぶ」のである。

あるいは、一度は失敗したとしても、そこから糖質制限を見つけて巻き返したことを、「チャレンジの証」とする。

その意味で、糖質制限に成功した人々は、皆、糖質過多の怖さを身に染みて知った人たちである。すなわち、失敗しなければ分らないのだ。

減点主義の上から目線の医師たちは、その失敗を「学習の機会」とは捉えない。失敗したことに責任ありと考え、その責任を本人に問う。これは、とんでもない話だ。失敗してから分ることだって、世の中には山ほどある。

失敗しても、それを教訓に、学習して学べばいいのだ。

患者は、それほど馬鹿ではない。誰でも、一度失敗したら、そこから学んで、そうならないように対策を講じる。それが、大人である。

仕事の忙しさにかまけていて、それまで二の次、三の次にしていた健康と食に留意する。その場合、「食のバランスに留意して」などとあいまいなことは言わない。

ただ、糖質を制限する。それによって、どうしても糖質過多になりがちな、現代日本人の食のバランスが見事に戻るのだ。

糖質過多、糖質偏重の食事で失敗した人たちは、糖質の持つ恐ろしさを肌で感じ、危機感を持った人たちである。

その「危機感寸」そが、糖質制限を始めるバネになり、すこしでも長く続ける「原動力」となる。だから、ダイエット部の常連メンバーたちは、失敗を歓迎する。

失敗によって、糖質過多の生活が如何に恐ろしいかを知ることが出来、糖質制限を始める上での何よりの学習が出来たからである。

それによってダイエットを成功させることができるのである。

 

「ヨイ出し」がダイエット成功へのカギ

ダイエットに見事成功し、糖尿病専門医のもとを去る時、その糖尿病専門医は、悔しそうに言った。「もう、糖尿病は大丈夫そうだな。」あくまでも、上から目線を改めなかった。

この医師は、我々のような糖尿病患者を、健康の自己管理のできない「ダメ人間」と見て、徹底的に「ダメ出し」しているのだ。

ダイエット部の常連メンバーは、そうした「上から目線」の環境を糖質制限の実践によって撥ね退け、そこから無事脱出してきた人たちである。

だから、新しいメンバーが入っても、共感の目で接し、目線を低くして、相手の目で見、相手の耳で聞き、相手の心で感じようとする。

そのため、例え「小さな実践」や「僅かな成功こでも、「ヨイ出し」をし、減点主義ではなく、加点主義でメンバーとなった人たちを立ち直らせようとする。

減点主義は、人と人との落差を強調するが、加点主義は逆に人と人とを結びつける。

最近のネットによる集まりの中で、医師でもないのに、糖質制限をあれこれ指導したり、不要な情報提供を行なう人達が見受けられるが、少なくとも私は、そういう上から目線で糖質制限に取り組もうとは思わない。

それより、あくまで加点主義で、共感の目線で、これから糖質制限を始めて、糖尿病やメタボから脱出しようという仲間を応援したい。糖質制限が以前とは、比べものにならぬ程の広がりを見せる中、あえてこの本を書いたのもそんな気持ちからだ。

三日坊主でも、七転び八起きでもいい。途中、休むことがあってもいい。自分の中で「ダメ出し」ではなく、「ヨイ出し」をしながら少しでも長く糖質制限を継続していくことが大切なのである。

ダイエット部の常連メンバーは、皆、この真理が分っている。

そして、糖質制限の道を乗り越えて、初めて分った喜びや楽しさを、多くの人たちと共有したいと思っているのだ。

 

ダイエットするために「上から目線」に負けるな!

ダイエット部を結成して約5年。

その間、多い時は毎月集まって、食事会や飲み会をし、糖質制限に理解のある医師や管理栄養士、そして糖質制限に成功した人たちの体験談を聞いたり、話したりしてきた。

メンバーの中には、毎回、顔を出す人もいれば、思い出したように時折姿を見せたり、糖質制限を継続するのに失敗したのか、すっかり顔をみせなくなった人もいたりする。

だが、皆、それを悪いこととは考えない。部会に顔をみせなくなったとしても、健康やスリムになって、仕事が忙しくなって、なかなか参加できないと考える。

ダイエット部の常連に共通しているのが、この「ヨイ出し」の精神だ。

「ヨイ出し」とは、いわゆる「ダメ出し」の対局にある考え方で、その人が例え失敗していても、どこかでいい所を見つけて、そのいい所を褒める。これが「ヨイ出し」である。

私達日本人は、子供の頃からさんざんダメ出しの洗礼を受けて育ち、職場に入るとますますダメ出しのオンパレードとなる。

そして自分でも無意識のうちにダメ出しをしてしまう。いわゆる「減点主義」である。

だが、ハッキリとした成果が求められる職場での仕事ならともかくも、毎日続ける食と健康の生活習慣には、百点満点などあり得ない。

減点主義とは、そもそも高い立場から低い立場の人を見て、その基準に満たない落差を強調する方法である。いわゆる「上から目線」だ。

こうした減点主義の典型が医師である。医師は、身体の仕組みや病気の原因を専門的に研究し、豊富な知識を持ち、同じ病気に悩む多くの患者を診察しているだけに、経験が豊かな医師ほど、健康を害した患者を上から目線でダメ出ししがちだ。

だが、誰でもその病気になりたくてなった訳ではない。健康や食、医学に対する知識を得る機会が少なかっただけで、仕事などに励むあまり、気がつくと病院に行かねばならない程の病状に陥っている人もいる。

糖尿病とメダボになってしまった、かつての私かそうだった。

糖尿病専門医に、「何でこんなになるまで放っておいたのだ」と上から目線で頭ごなしに叱責された時、私の闘争本能に火が付いた。

「よし、治してやる。それも完璧に。しかも、この医師が驚く程、速攻で」

こうして私は、その手段として糖質制限を選んだのだ。

そして、三週間後には、体重を20キロ減らし、半年後にはHbAlCを糖尿病の基準値以下の5%台に落して、その糖尿病専門医の下を去った。

 

私なりのダイエット方法について

私はこれまでいろいろなダイエットにチャレンジしてきました。自分の体型が20代後半から崩れてきたため私としては元に戻したい、少なくとも現状維持したいとの思いからダイエットを試みたのです。

当初は食事制限をしたのですが、結局リバウンドをしてしまい効果がありませんでした。食べることを制限できるのは最初の1週間程度で、通常の生活に支障が出てきたのです。

そのため食事制限をやめた途端、食べる量をコントロールできず、リバウンドしてしまいました。

次にチャレンジしたのが歩くことです。しかし天候に左右されてなかなか継続できず、私はこちらに関しても1ヶ月ほどで断念したのです。

そこで私なりに考えた運動が、マンションの階段を上り下りする運動でした。マンション内の階段であれば天候に左右されません。また、時間帯も気にせず運動できるため私はまず2ヶ月間始めたのです。

私は5階建てのマンションに住んでおり、階段は両サイドにあるため1階から5階まで階段で上がりそして廊下を通って別の階段でおりていく運動です。それを5往復することで1時間近くかかるのですが、非常にきつい運動でした。

この運動であれば毎日継続できると考え私は取り組んだのです。その結果、2ヶ月で体重は3kg落とすことができました。

私はこれなら理想の体重まで落とせると判断したのです。そして、自分なりに継続できることを確信したため、私はひたすら歩き続けました。

しかしこの運動が私の足に大きな負担を与えていたのです。私は毎日歩くことで徐々に足への負担が蓄積されて結果、歩くことも大変な状態となりました。そのため歩き続けて1ヵ月半でマンション内を歩く運動に関しても断念したのです。

しかし、私はここで考えました。マンション内で歩くことで効果があったことは事実であり、その運動は正解であったと考えたのです。

そしてその効果ある運動をやめてしまってはもったいないと考え、足に負担の内容継続すればよいと判断しました。そのため足の痛みが完治した現在、週に3回ほどマンション内を歩く運動を継続しております。

最近はそれに加えてここの http://xn--b9j5a6fv81rqq1assd.com/ というサイトを参考に無理をしないダイエットに取り組んでいますが、本当に無理をしていないのにダイエット効果があるのでビックリしています。

この調子で理想を目指します!

 

痩せるために「随伴性のワナ」から抜け出せ!

糖質制限の実践を邪魔するものがある。それが、心理学で言う「随伴性のワナ」である。

「随伴性」とは、人間の行動や出来事が、別な行動や出来事と結びついていることを意味する。

例えば、人がお酒を飲むという行為は、単にアルコールを摂取したいからではない。それは、食事を美味しくしたり、ストレス解消になったり、人とのコミュニケーションを保ったり、夜、寝る前の儀式であったりする。

では、同じことをアルコールの力を借りなくても出来ないか、考えてみよう。例えば、ストレス解消が目的なら、ビールではなく、糖質ゼロのビールテイスト飲料だっていいはずだ。

また、職場でのコミュニケーションなら、仕事中にいくらでも深めることが出来る。夜、寝る前に運動して、身体を動かすだけでも、アルコールを飲む必要がないかもしれない。もちろん、本物のアルコールの力が必要な時は、その力を借りればいい。

しかし、人は往々にして、この「随伴性のワナ」に引っかかって、本当に必要でない時まで、アルコールをついつい口にしてしまったりする。だが、本当に必要なのは、その三分の一にも満たないだろう。残りは、まさに「随伴性のワナ」にはまってしまうパターンである。

従来の人間関係のパターンを壊さないようにするために、本当に必要がない場合でも、無理に行ったりすることが多いのだ。その結果、自分で環境や習慣を支配するのではなく、つい環境や習慣に支配されてしまうようになる。

糖質制限を始めると、それまで自分と関係を持つ相手役につい合わせて、その結果、振り回されてしまっていた人も、自立し、自分の判断である程度、行動を選択するようになる。

その結果、人は、あの人は冷たくなったと離れていくだろうか。むしろ逆だ。

糖尿病でそれほど血糖値が上がっているなら、あるいはメタボで不健康になっているなら、それを是正した方がいいと誰もが思うはずである。

そして、その実践のために、勇気を持って、立ち上がったあなたを応援してくれる人こそ、本当に付き合うべき友であり、人間関係を保ってもいい人々である。

そういう人達とは、限られた機会の中でも、積極的にコミニュケーションを取る機会を持とう。

そして、本来は不必要なのに「随伴性のワナ」に引っかかって、ついつい無駄な飲酒や飲食を行っている機会をできる限り減らした方がよい。

私も、糖質制限する前と後とでは、周囲の人間関係が大きく変わった。そして、「絆」が濃くなった人とは、更に濃く結びつている。

 

ダイエットを成功するには多少の我慢も必要

本当に糖質制限を実践しようと思ったら、自分のこれまでの「快適な生活習慣」から抜け出し、少しの間、不快になることを我慢し、しばらくそれに慣れるしかない。

二週間を過ぎる頃から、それまでブヨブヨだったお腹の肉が急に取れて、ベルトの穴が2つ分くらい縮まったと実感出来るようになる。

本人は気が付かないが、痩せた姿は、その人の後ろ姿や、全身のプロポーションの変化となってハッキリと現れる。

私も三週間で20キロ痩せた時、知り合いの編集者と道ですれ違っても、相手が私と気付かずに通り過ぎて行ったほどだ。

最近では、糖質の過剰摂取が見た目の老化の原因となることも分かってきた。

つまり、同じ年齢でも、糖質制限をしている大としない大では、見た目で10~15歳ぐらい差がある。

見た目が年を取っているということは、それだけ、身体の内部も老化しているということだ。

しかし、そんな状況になっても、三週間糖質制限すれば、見事にスリムになり、外見も若返ることが出来る。

こうなると、新しい生活習慣に慣れるまでの少しの不快さ、不器用な面倒臭さも気にならなくなる。

すると、ここに来てようやく、「自分はやれば出来る」とか「これまで失敗続きだった過去を変えられる」と思うようになる。

心理学用語でいうと「自分はだからダメなんだ」という、過去思考の「原因論」、すなわち、失敗の原因探しから、どうすればよりよい「未来」を築くことが出来るか。その実践方法を探す「未来志向」の生き方になる。

人は、本来、心の中が矛盾対立するものではなく、一人一人が分割不能なトータルな存在だからだ。

つまり、形だけ、糖質制限しようと思っても、現実に行おうとすると、なかなか実践出来ない。

やはり、自分の心の中で、「糖質制限して、新しい自分に生まれ変わろう」という気持ちがないと、人は行動出来ない。それほどまでに、理性と感情、意識と無意識などが、混然一体となっているからだ。

事実、糖質制限は、人に勧められて嫌々行うより、自分自身で、より健康になり、より新しく生まれ変わろうと思わないとなかなか実践出来ないものである。

そして、どうせ行うなら、まず、自身がその効果を信じて、しばらくの間やってみる。

そうした「心の中の励まし」や「小さな決意」があると、更に効果が増してくる。だから、「これまでの自分」を変えてみようという「小さな勇気」を持って、出来ることから始め、それを続けて自信をつける。そして、決して「勇気くじき」の悪しきパターンに陥ってはならないのだ。

 

ダイエットを挫折してしまう悪しきパターン

人は誰も新しいことを始めると、最初は目標になかなか達成できず、自分で困難を克服しようという活力が失われがちだ。これが心理学でいう「勇気くじき」の悪しきパターンである。

人は、目標のハードルが低いと、簡単に目標に到達出来てしまうので、つい物足りなくなる。だが、逆に、ハードルを高く設定し過ぎても、何度トライしても達成出来ないため、前に進もうとする「勇気」を見失ってしまうことになる。

これまで、ダイエットなどに失敗してきた人には、こうした「勇気くじき」を自分で行ってしまう人が多いためである。

そして、「達成出来ない部分」を指摘されると、家族や周囲に当たり散らしたり、つじつま合わせの回答をして、その場を回避しようとしてしまう。その結果、また前に進む「勇気」を見失ってしまう。

何故、自分がダイエットできなかったのか、何故、糖尿病になってしまったのか。その理由を探すことは、病気の解説にはなるが、解決、すなわち治療には決して結びつかない。

メタボや糖尿病になってしまったら、なったことは仕方が無い。大切なのは、そこからどう脱出するかだ。

それには、自分のここが問題だった。ここがいけなかったという犯人捜しより、未来志向で勇気を持って、そこから脱出するための正しい行動を取ることが大切だ。

心理学では、「習慣」とは「無自覚的器用さを伴ったパターン化した行動」と定義されている。

つまり、お酒、たばこ、早食い、衝動買い、夜更かし、朝寝坊…等々、本人は気付かずに同じような行動を繰り返してきた。だから、無自覚で、器用にできていて、パターン化しており、快適で違和感がない。つまり、ダメな習慣でも、それが心地よい理由である。

ところが、無理に「新しい生活習慣」を始めると、慣れていないため、不快で、違和感を感じ、生活のパターン化も出来なくなる。

だが、自分の未来を変えると言う勇気を持って、自分の欠点を自覚しながら、不器用でも良いから、新しい習慣に慣れるまで続ける。

これには、多少の勇気が必要だが、次第にその不快さにも慣れていくにつれ、違和感も感じなくなる。そうすると、糖質制限することが、新しい生活習慣となっていくのだ。

 

糖質制限ダイエットを長続きさせるには

糖質制限する場合、当初は糖質の少ない食材ばかり食べるが、それを徹底すればするほど、料理のパターンが限られてきて、やがて飽きて続かなくなる。

となると、糖質量の多い食品のみを避け、糖質の控えめな食品を時々入れて、料理にバリエーションをつける。

糖質制限を長く継続させるには、この方法しかない。そして、それをいかに楽しむかである。

糖質制限を始めたばかりの初心者は、緇かなところにこだわるあまり、例えば蒸しかまぼこや、つみれ、薩摩揚げなどをおでんに入れて煮たりすると「大丈夫ですか? 薩摩揚げって糖質高いんでしょう」と聞かれることがよくある。

そんなことは、糖質制限を5年も続けていればもちろん承知の上だ。

だが、糖質の少ないお豆腐や生揚げ、がんもどきばかりでは飽きてしまうので、薩摩揚げやつみれも彩りに入れて楽しめばいい。

薩摩揚げばかり何枚も食べるようなら摂取する糖質は当然高くなるが、例えば、半枚を食べるくらいなら殆ど大勢に影響はない。

それより、ご飯や麺類などを同時に食べないようにすることが、最も大切なのだ。

一方で、糖質制限では肉はいくら食べても血糖値が上がらないので、毎日肉ばかり食べている人もいる。

いくら血糖値を上げなくとも、それは偏り過ぎだ。毎日肉ばかり大量に食べるのは、逆の意味で、「食のバランス」を欠くことになる。

肉も、どんな肉でもいいわけはない。出来るだけ、脂身の少ない上質な赤身肉を週二回ほど食べ、同時に葉物野菜などの繊維質を沢山摂って不要な脂質を体内に排出するように心掛ける。

最悪の組み合わせが、脂質の多い肉を砂糖と醤油などで甘辛くこってりと味付けし、それを「おかず」として、大量の白飯を食べることである。これが糖質過多の原因となる。ハンバーガーチェーンのハンバーガーも、甘辛い肉とバンズの糖質という、最悪の組み合わせになる。

このように、摂り過ぎていた糖質を制限し、本当の「食のバランス」をシンプルに摂ることこそが、糖質制限の王道である。

あれもこれも試したい。いいことは全部自分の生活に取り入れたい。

その気持ちも分かる。

だが、そんなやり方で改善できるほど、人生甘くない。結局、より重要な仕事などが忙しくなり、何事も中途半端に終わるのがオチだ。

そんな失敗を繰り返さないためにも、本当にやるべきこと。つまり、糖質をどうしたら制限できるか。その目的と行動を一つに絞り込むことが大切なのだ。

 

ダイエットに必要なことはとてもシンプル

糖質制限に必要なのは、ただシンプルに糖質を制限すること。それ以外には何も無い。そして、本当に重要なことだけをやると決めてから、これと決めた方向に全力疾走してこそ効果が出てくる。

一、二週間、思いつき程度に始めて、挫折していては話にならない。始めたら、少なくとも数週間は、そのやり方を続けてみる。すると、必ず、結果が数値となって出る。

その結果も、たぶん思っていたより、いいはずである。そうなると、もっと他のこともあれこれと試みてみたくなるに違いない。

だが、仕事や日々の暮らし、睡眠の時間を除けば、我々の毎日では糖質制限に費やす時間は意外に残されていない。ならば、適当に全部やろうとは考えない。むしろ、何かを取るためには何かを捨てる。そうした決断をすることが大切なのだ。

つまり、糖質制限はあくまでシンプルに続けることで、その効果が出てくる。

最も大切なのは、ただ「糖質」を制限すること。それのみに集中することだ。他のことはとりあえず、結果が出るまで何もしなくてもいい。

一見、単純なことのように思えるが、これが意外に難しい。

その実践方法は、例えば、穀類は糖質が多い食材の筆頭格のため、基本的に全て控える。かなり糖質制限を実践して、血糖値を下げ、肥満から脱出できた後などに、白米と異なり、ミネラル分が豊富な玄米や十割蕎麦など未精製のものを少なめに摂ればよい。

逆に、肉、魚、卵、大豆製品類などのタンパク質形の食材は、殆ど摂取OKだ。

野菜や海藻、きのこ類もOKだが、根菜や暖色系の野菜には糖質が多い傾向があるため、しっかり確認したい。

果物に含まれる糖質は果糖といって、血糖値は上げないが、中性脂肪を増やす働きがあるため、これもダイエット目的なら、摂り過ぎに用心だ。

おつまみ系のチーズやナッツ類などは、糖質制限食材としてはOKである。

また、調味料、香キ料も糖質量の多いものを制限すると、毎日使用するものだけに、意外に糖質制限効果がある。

こうして、糖質の多く含まれている食材を控え、少ないものを多く摂る。一番難しいのが、やや糖質量が多い食品だが、これらも食べ過ぎを控え、時折、摂るようにする。